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  • 2021.06.02 (最終更新日:2022.04.08)

健康経営®で期待される経営指標

目次

健康経営は、企業の土台

顕彰制度の選定・認定数  本コラムをご覧の皆様には、すでにご存知でしょうか、健康経営とは、「従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで従業員の健康の維持・増進と会社の生産性向上を目指す経営手法のこと。」です。そして、この定義が積極的に使われ始めたのは、2015年に、経済産業省と東京証券取引所の共同で実施された顕彰制度、健康経営銘柄の選定からとなります。つまり、健康経営は、まだ6年しかたっていない、新しい経営手法ということになります。

 さて、前述の通り顕彰制度は2015年に始まり、2017年には「健康経営優良法人認定制度」経済産業省が制度設計を行い、日本健康会議が認定しています。施策の多くは、経済産業省が主導し、普及促進を行っています。顕彰制度の選定、認定数は下記の通りです。

表1 経済産業省が主導する顕彰制度の選定・認定数

また、申請企業も年々増え続けており下記の通りになっています。

表2 経済産業省が主導する顕彰制度への申請者数

顕彰制度への申請者数

 注目すべき点は、2015年から上場企業が1年も減少した年がない点です。上場企業は、株主や株式市場から経営について監視されているため、この新しい経営手法の効果がない、また望ましい投資リターンが得られていない、のであれば、取り組みを止めるよう促さられることになります。さらに、取り組んでいる企業自身も効果がなければ止める、または別の経営手法に変更することができます。しかし、現実は、毎年順調に申請(取り組み)企業は増えています。これはどのように解釈すればよいのでしょうか?

企業にとって土台であり、幹である健康経営

 私は、2016年から健康経営企業訪問プロジェクト(新井研究室 https://arailabo.com)で、大学生と健康経営に積極的に取り組んでいる企業に訪問してきました。そこでヒアリングをすると、前社長、または前々社長が導入し、その後健康経営という経営手法が企業に根付いて、文化になって、企業にとって必要な手法あると認識され、変えられない手法、また進化させ続けなければならない手法であるということが、企業からお伺いすることが増えてきました。つまり、健康経営という手法は、企業にとって土台であり、幹であるということです。このように企業に根付いた手法は、経営戦略と言い換えることも出来ます。

 例えばA社では、社長交代に伴い、前社長とは別の派閥の社長が誕生しました。多くの前社長の戦略を中止、変更したのにも関わらず、健康経営の取り組みを止めませんでした。そればかりか人員を増やし加速させることにしました。他に、B社では、事業戦略の変更に伴いB to CからB to Bへ大きく舵を切りました。事業戦略がかわれば、当然新たな戦略に適応させるための研修や、新たに人も必要になり、職場は忙しくなるでしょう。それでも健康経営を止めませんでした。それぞれ理由は、企業が健康経営の効果を実感していたからです。元気でいきいきとした従業員が増えるほど、活性化した組織をみるほど、社長が代わっても、事業戦略が代わっても、企業の土台として「健康経営」を、必要なそして重要な戦略であると実感していたからです。これらは、一例にしかすぎませんが、多くの企業が健康経営の効果(いきいきとした社員、病気が減る元気に出社する社員、また活性化した組織等)を見て実感していたから、申請企業数は右肩あがりで増え続けてきたと推察します。

 今後、生産年齢人口が減り続ける日本において、社員の健康管理や健康増進は、人材の価値が高まる世界が予見されている中で、必ず対応しなければならないものでしょう。あとは、どのタイミングで始めるかの問題かと思います。であれば、今すぐに健康経営に取り組んでみてはいかがでしょうか?きっと、先行企業と同様に多くの効果を得られることでしょう。

経営指標への影響

期待される効果  さて前述で、効果を実感していると紹介しましたが、具体的にどんな効果があるのでしょう。経済産業省が参照してきたJ&Jの5つの効果(イメージアップ、リクルート効果、モチベーションアップ、生産性の向上、医療費の削減)*1の他に、日本独自として「コミュニケーションの増加」や「ヘルスリテラシー向上」があげられます。

表3 期待される効果

 すでに明らかになった効果としてイメージアップ*2やリクルート効果*3、モチベーションアップのモチベーション、また生産性の向上における離職率*4やプレゼンティーイズムへの影響*5、さらに医療費の削減の総合健康リスク度や高ストレス者数*6などが分かってきました。本年度は、黄色の網掛けである、「ワークエンゲージメント」、「心理的安全性」、「幸福度」、「イノベーション」、「ヘルスリテラシー」を検証する予定です。私は、前述の通り毎年夏に大学生と一緒に、健康経営に積極的に取り組んでいる企業へ訪問するプロジェクトを、2016年から開催しています。訪問先では、すでに健康経営で、モチベーションアップの心理的安全性を高め、イノベーションを起こそうとする企業を見てきました。またヘルスリテラシーが高まったり*7、幸福度が高まったりする事例も見てきました。これらの多くは論文化されていないだけで取り組んでいる企業は実感しているのです。上記のデータをとろうとした際は、産業保健スッタフや人事部、総務部だけでは難しいと思います。ぜひ、広報・IR室や経営企画部等巻き込んで、データを集めて下さい。きっと素晴らしい数字が手にはいることでしょう。

 もう一つの経営指標への影響として、自律社員の育成からのイノベーションが挙げられます。昨年に発表された論文では、健康経営の取り組みが人材開発との補完的関係*8がある、つまり健康経営を推進していくと、人材開発とも被るという内容が発表されました。具体的には、下記のような行動変容が期待できます。

図1 人材開発と健康経営が従業員に与える影響の比較

影響の比較

 健康経営では、まだ最右の自律型人材については、検証が行われていませんが、身体やメンタルに好ましい行動変容が起こっているならば、やはり自立型人材の育成と言うこともできるでしょう。上記の意味でも、健康経営の目的の一つに人材開発を掲げ、人材開発室等の専門家にも健康経営の推進会に参加して貰うのがよいでしょう。きっと、イノベーションが期待できるだけでなく、自律型人材やWell-beingまで得られますので、しっかりとタッグを組んで計画&推進していきましょう。
 

*1 ロバート・ケーラム, 千葉香代子:儲かる「健康経営」最前線, ニューズウィーク日本版, pp.48-53, 2011-03-02
*2 新井卓二, 上西啓介, 玄葉公規:「健康経営」の投資対効果の分析, 応用薬理, 96, pp.77-84, 2019-8
*3 新井卓二, 玄葉公規:「ホワイト企業」と「健康経営」のリクルートにおけるイメージ分析, BMAジャーナル, 20, pp.5-18, 2020-8
*4 Arai T et al,:Analysis of the Internal Effects of Health and Productivity Management in Japan, Forum Scientiae Oeconomia, 8, pp.17-28 2020-3
*5 Nagata T et al,:Total Health-Related Costs Due to Absenteeism, Presenteeism, and Medical and Pharmaceutical Expenses in Japanese Employers. J Occup Environ Med. 60:e273-e280, 2018
*6 健康経営による総合健康リスク度と高ストレス者数の分析(投稿済み)
*7 福田洋:健康経営とヘルスリテラシー, 予防医学, 61, pp19-28, 2020-1
*8 平野光俊, 勝又あずさ:健康増進施策とキャリア開発支援の補完的連携―戦略的人的資源管理の視点から―, 21, pp27-38, 2020-1

介入方法

健康状態とヘルスリテラシーに応じた介入手法  健康経営を推進している企業にお伺いすると、BMI値が高いから、食事と運動で介入したいと、課題を見つけてから推進している事例が見受けられます。その際の介入の分類には、①治療による医療従事者に介入の他に、②従業員全員にアプローチするポピュレーションアプローチ、また③病気と診断される前の健康状態の従業員に対するハイリスクアプローチの3点があります。しかし、これだけの分類では、特にポピュレーションアプローチにおいて、うまくいかないことがわかってきました。それは従業員のヘルスリテラシーの違いからです。ヘルスリテラシーは、Communicative and Critical Health Literacy (CCHL)尺度*9(5問/5段階評価)で測ることが可能です。また高ヘルスリテラシーは、5問すべてが4まあそう思う、または5の強くそう思うと回答した方になります。

参加者を増やす工夫が必要

 なぜヘルスリテラシーに合わせての介入が大事かと説明すると、例えば、ウォーキングイベントを開催するとしましょう、その際多くは”任意”で、従業員の参加者を募集することになると思いますが、そうするとBMI値が悪い対象者≒ヘルスリテラシーが低い層*10より、BMI値が高くいつも自分の身体に気を使っているメンバーが多く参加してしまい、企業が改善してほしい対象としての参加者が少ないという事例が発生するからです。そこでヘルスリテラシーが低くBMI値が悪い層も参加できるように工夫する必要があります。

図2 健康状態とヘルスリテラシーに応じた介入手法

 もう一つ介入において大切な点が、先程のウォーキングイベントの際にも紹介した”任意”と、対義の”強制”の2点です。健康経営に関わるイベントを開催すると、多くのイベントが、従業員に対し業務に該当しないので、”強制”しにくく”任意”になることだと思います。しかし上述の通り”任意”は、そもそもヘルスリテラシーが高い層の参加が多くなります。”任意“は、メリットとしてゆるく参加し易い、デメリットとしてヘルスリテラシーが高い層が多くなり、企業が対象とする参加者が少ない、また参加者の総数が少なくなる可能性がある、が考えられます。“強制”では、メリットは全員参加のためヘルスリテラシーに依存せず対象群も参加し期待される成果を得られる可能性が高い。デメリットではヘルスケアまたは健康に関わる事業を業務として提供している会社以外では、なぜ強制されるのか理解に苦しみ従業員の反発が予想される、が考えられます。介入等の施策の際は、デメリットが少しでも解消されるように設計するとよいでしょう。例えば、BMI値を改善させるために、ウォーキングがよい施策と設定した場合、イベントだと”任意”になりがちですが、毎朝出勤した際1回は階段にオフィスのフロアまでに行くとか、晴れていれば一駅手前の駅から歩いて通勤すると設計した場合は、”強制”になります。

 ”任意”と”強制”を、使い分けることが大切ですが、その際さらに、対象群を「個人」と「職場環境・システム」に分類するとわかりやすくなります。具体的には、下記のようになります。

図3 介入における任意と強制、個人と職場環境・システムのマトリックス

マトリックス

 まとめると、健康経営に関する施策を実施する際は、まず①ヘルスリテラシーの高低と、次に②”任意”と”強制”、そして③従業員個人と職場環境・システム、の3点を、施策ごとに考え、出来る限りデメリットが解消され、企業が対象としている従業員が多く参加できるように設計してくとよいでしょう。将来的に、健康経営が企業文化として根付けば、すべての施策を任意にしても、ヘルスリテラシーの高低に関わらず、ほとんどの従業員が積極的に参加される事例やシステムを入れてもスムーズに適応される事例も見てきました。ぜひ企業文化に根付くまで頑張っていきましょう。

 最後に、健康経営の理想的な状態は、社員から見た際、「いつの間にか、健康経営の施策等を気にすることなく、身体的、精神的数値が改善し、個人として活き活きし、組織として活性化した状態になっていること」が望ましいと考えています。健康は目的ではなく、意識することなく、生きているだけで、または働いているだけで、いつの間にか健康になっている、そんな健康経営を目指していきましょう!
 

*9 Ishikawa H et al,:Developing a measure of communicative and critical health literacy; a pilot study of Japanese office workers. Health Promotion International, 23, pp269-274. 2008
*10 福田洋, 江口泰正:ヘルスリテラシー ー健康教育の新しいキーワード, 大修館書店, 2016-6


※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

新井卓二氏のご紹介

新井 卓二 新井卓二:Ph.D.(学術博士)、MBA(経営学修士)
前次世代ヘルスケア産業協議会 健康投資WG 専門委員で、「新井研究室」を 主宰。経済産業省等官公庁ほか、健康経営で先進的な企業を招き勉強会等を開催。著書に「『経営戦略』としての健康経営」、「ヘルスケア・イノベーション」他、「『健康経営』の投資対効果の分析」等健康経営の論文多数。

【新井研究室】
ホームページ:https://arailabo.com/
Facebook:https://www.facebook.com/AraiLabo
書籍:経営戦略としての健康経営(2019年9月発刊/合同フォレスト)
https://www.amazon.co.jp/dp/4772661468  
ヘルスケア・イノベーション(2020年10月発刊/同友館)
https://www.amazon.co.jp/dp/449605499X

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