• 健康経営研究室
  • 2020.07.13

産業医から見た健康経営の考え方と健康文化の在り方

  • 産業医科大学産業保健経営学研究室教授 
    健康・医療新産業協議会健康投資WG座長
  • 森 晃爾
  • 健康経営研究室
  • 2020.07.13

産業医から見た健康経営の考え方と健康文化の在り方

  • 産業医科大学産業保健経営学研究室教授 
    健康・医療新産業協議会健康投資WG座長
  • 森 晃爾
目次

産業医として行ってきたこと

産業医大私は産業医科大学医学部と大学院を卒業した後、13年間にわたって、企業などで産業医として仕事をしてきました。その13年間の中では、中小企業の健康管理を行っていたこともありましたし、外資系の石油企業で統括産業医を行っていたこともあったので、幅広く産業医の仕事を経験してきました。

私は、産業医科大学の3期生で、本格的に産業医として働いている医師は、まだ少数の時代でした。産業医の今後の養成のことを考えると、産業医の実務をした人間が大学に戻って後進を育てるという人も一定数必要だったということもあり、2003年から大学に戻って教育研究を行うようになりました。最初のポジションは、産業医実務研修センターという産業医教育を行うための組織の所長でした。

今となっては、産業医はとてもニーズの高い職業です。産業保健分野の専門医育成も重要ですし、日本医師会認定産業医制度で資格を取得した医師が10万人を超えており、全体の底上げのための研修をどうするのかということを考える必要もあります。

産業医の仕事では、職場環境面、作業内容面、健康管理面から、様々なアドバイスをします。たとえば、健康診断の結果で労働者を指導する場合にも、どのような仕事をしているかを十分に理解して、生活習慣だけでなく仕事のやり方についてもアドバイスします。しかし、どのような場合に仕事を制限するかなど、その際の判断には基準があるわけではありません。それぞれの産業医の経験値に基づいて行われてきたといえます。

仕事の内容と健康状態には無数の組み合わせがあるため、基準自体を決めることは極めて困難です。しかし、それでは体系的に人材育成を行うことができません。どのような情報を集め、それらをどのように考え、どのような視点に立って検討するかといったプロセスは標準化できるはずですので、そのような内容を取り入れた研修を提供することが必要になります。そこで、産業医実務研修センター所長時代から、産業医活動を言語化するための研究を行って、研修に取り入れる努力を行ってきました。また、基準が作れなくても、産業医を専門としている医師のコンセンサス値のようなものは作れるので、そのような研究を行って情報を提供してきました。

大学の組織改編があり、2012年からは産業実務研修センターの仕事に加え、産業保健経営学研究室の仕事をするようになりました。そのころから、実務研究に加えて、疫学研究を行うようになり、さらには2017年からは研究室の運営を中心に行っています。

様々なフィールドによる研究基盤を作っているおり、英語論文として研究成果を海外にも発信していまし、海外の研究者との共同研究も増えています。もちろん研究室の主要な研究テーマは健康経営に関するものです。

健康経営には、様々な視点があるのですが、私は産業保健が専門なので、産業保健の視点から健康経営を見ています。それ以外にも、ヘルスケアサービス、経済学、人材、投資など、様々な視点がありますので、経済産業省の健康経営に関する会議では、様々な立場から議論をして、日本における健康経営の在り方を検討しています。

健康経営は、英語でヘルス&プロダクティビティ・マネジメントですので、健康と生産性の関係を管理することが基本として位置づけられています。アメリカでは1990年代後半から流行りだし、2000年代に盛り上がっていました。最近では、健康増進の成果を上げるための組織的要素、安全対策との統合、生産性に与える健康の多面的な要因など、いくつかの方向に発展してきています。

その中でも、私が今、一番興味をもっているのは、健康増進が成果を上げるための組織的要素です。同じプログラムを提供しても、職場によって参加率も成果も異なるといった結果がでます。そこには多くの要因があるのですが、特に経営トップ、管理職などのリーダーシップが重要であることが分かってきています。そのようなリーダーシップをどのように醸成するかが、成果の上がる健康経営のポイントだと考えています。

また、日本の職場では高齢化が進んでいます。今後、定年年齢の延長で、さらに高齢化が進みます。そのような状況では、従業員の健康は安全に直結しますので、健康管理と安全管理が個別に行われていては成果が上がらなくなってきています。例えば、筋力低下があればふらついて転倒するということも考えられますよね?睡眠障害があれば、事故に遭う可能性もあります。双方を統合した考え方が必要なのではないでしょうか。アメリカ職業環境医学会が、このような視点での統合型の取組みを推進しており、私たちも日本との間で比較研究を行っています。

日本の健康経営の可能性として、労働安全衛生法に基づく健康管理の課題解決が挙げられます。労働安全衛生法は、1972年に労働基準法から分離独立した法律であり、労働基準法と同じく、事業所単位で体制を作り、管理をすることを前提としています。そして、事業所の規模によって、産業医の選任や衛生委員会の設置の要否を規定しています。そのため、大企業であっても、小さな営業拠点では健康診断以外の健康管理が十分に行われていない状況が生じます。また、子企業化して別法人にしてしまえば、突然、サービスレベルに変化が生じることがあり得ます。

ですが、健康経営になるとそうはいきません。健康経営は事業所単位で行うのではなく、企業単位、企業グループ単位で行うものです。経営者が方針を出して行う取組みなのに、事業所によって大きく取組レベルが異なるのでは、健康経営とは言えません。

本来は、グローバル展開をしている企業では、グローバルでやるべきだと思います。現地法人で働く現地の人の健康増進をどうするかという意味です。欧米のグローバル企業が展開する健康経営は、世界共通のプログラムが基本となっています。産業医が海外拠点を訪問して、日本人駐在者にだけ会ってくるような発想はそもそもありません。ただ日本は、統括して企業全体の産業保健とか安全衛生問題に取り組んでこなかったため、その為のノウハウが企業にも、産業医にも蓄積されていません。

欧米のグローバル企業は、本社のある国だけでなく、すべての拠点で取り組みを行うことが基本になっていますが、そのやり方には問題もあります。自国のやり方をすべての国に対して、ある意味押し付ける傾向にあります。ただ、何もしてこなかった日本よりは、圧倒的にいいですよね。特に開発国や発展途上国と呼ばれる国においては。

世界全体の事業所で、一つの方針で安全衛生や健康管理を展開し、企業としての責任を果たすためのモデルづくりをもう7~8年行っています。このモデルは、グローバルスタンダードになっている労働安全衛生マネジメントシステム(ISO45001)を基盤としています。

国内だけの場合でも、グローバルに展開するためにも、健康管理プログラムを企業単位で行うのであれば、その統括者が必要ですし、できれば産業医にそのような役割を果たせる人材がいると発展します。最近では、本社の産業医に統括産業医というタイトルを与えている企業も増えてきていますが、その役割を明確にして、次の統括産業医を育成するための方策の検討も行っています。

健康経営による健康文化が必要

健康経営ここからは健康経営について、もう少し深く話をさせていただきます。

健康経営で、最終的に目指すのは、組織内に健康文化を醸成することだと考えています。もともと、安全の世界でも安全文化という言葉がありますし、WHOとILOの合同委員会が出した産業保健の目的でも、文化を取り上げています。

健康文化が育っている企業では、同じ健康投資をしたとしても、文化がない企業に比べてその成果は大きくなります。例えば、ウォークラリーなどの運動キャンペーンを行ったとしても参加率の高いはずですし、当然、喫煙率も違います。おそらく、取組を続けていって、ある変曲点を過ぎて、組織や従業員の頭の中に健康の本質的な価値が根付いているのでしょう。これは、仕事より健康が大切といった話ではありません。仕事で成果を上げるためにも、充実した人生を送るためにも、健康は極めて重要であることを理解し、矛盾なく行動できている状態です。

健康文化があれば、経営者が細かいことを言わなくても自主的に従業員が動いてくれます。ただ、そのような状況を作るためには、経営者のコミットメントとリーダーシップが最も重要です。

健康経営は利益が出るまでに時間がかかるがすぐに効果が現れることもある

ホワイト500健康経営の実践と企業の利益の因果関係を出そうとすることは困難です。また、その前の段階である生活習慣の改善でも、成果を評価するためには、少し時間が必要でしょう。しかし、もっと早く表れる指標もあります。まずは、これまで治療が必要だったにもかかわらず放置している人が治療に行くようになるということです。そもそも、このような従業員は自己保健義務を果たしていない状況ですから、強く指導してもいいでしょう。企業で受けた健康診断で医師から治療が必要と言われたら、当然、治療を受ける。そもそも治療もせずに仕事をしていたことの方がおかしいと、皆が感じられるようになるというのは、大きな前進です。健康管理意識のない企業では、放置していても、個人の問題として、何ら疑問も持たないのですから。

こういった効果は、大企業でも1、2年で出てくるようになります。ただし中小企業であれば他にも効果がすぐに表れものがあります。それは、従業員同士が健康をテーマにコミュニケーションをとるようになるというものです。

健康は極めてパーソナルな問題のため、健康をテーマにコミュニケーションが活性化している職場では、従業員間の心理的な距離が近くなったり、相手に対しての思いやりを持てるようになったりします。ただ、こういった状況を作るには、社長が従業員に対して、思い遣りをもって接していないと絶対に起こりえないことだと断言できます。

そのような思い遣りにあふれた企業では、従業員が自分の近くにいい人がいたら自分の企業に紹介したいと思うようになり、一度入社した人が辞めにくくなるという期待がでてきます。

健康経営の成果が出ている企業は、まず採用のためのコストが小さくなるという効果がでます。なんの広告も打たなくても、人が集まってくるようになった、採用コストがほぼ0になったという中小企業も、本当に出てきています。

これは、今発展している業界だけではなく、右肩下がりの人手不足の産業であっても、採用コストがかからなくなってくるんです。これは、すごいことだと思いませんか?そして、そのような企業は従業員満足が高まり、それが顧客満足に直結して、売上高が向上してくるという傾向にあるようです。

健康経営に投資したお金はすぐに吸収される

投資健康経営を行うには、初めにどうしても先行投資をする必要があります。それでも、健康経営で成功して、どんどん施策を追加している社長さんに話を聞くと、「健康経営に必要なお金は、すぐに吸収されてしまうんですよね」と言われました。

吸収ってどういうことかと聞くと、企業が使う全体のコストの中で、健康経営の費用くらい出てしまうというのです。ある運送企業の社長の場合、人を採用するために使っていた費用が要らなくなったといいます。九州にある企業で、健康経営で有名な社長さんと話をしたのですが、最近では健康経営で色々なメディアに取り上げられるので、この宣伝効果を計算すると間違いなく億単位の費用になると言っていました。投資した以上のものが返ってきているというわけですね。

この企業は、業界全体が16%縮んでいるなか、時期に16パーセント売上を伸ばしています。つまりトータルすると32ポイントの差があるということです。この社長は、健康経営を実行した成果だとはっきりおっしゃいます。健康経営がうまく行くと、このような成果が上がるのだと、こちらもびっくりします。

とはいえ健康経営を行う際、儲けることや健康経営優良法人の取得だけを目的とすると、簡単には効果が生まれないでしょう。なぜなら、設けるための健康経営では健康文化が生まれないからです。これは前にもお伝えした言葉ですね。

目的は、まず従業員の健康課題を解決することにおいて、そのための対策をしっかり行い、その過程で職場に健康風土や健康文化が醸成される。その時に企業としての大きな成果を得るということですね。
 

プレゼンティーズムはストレスと関係があるのか

ストレスプレゼンティーズムとは「体調が悪くても出勤している状態で、そのために生産性が低下している状態です。」これを生産性の損失として計算すると、日本でも健康問題の損失の三分の二を占めます。これは欧米でもほぼ同じデータが出ています。

このプレゼンティーズムを引き起こす主要な症状には、肩こりや腰痛があり、腰痛プログラムを入れるとプレゼンティーズムは改善します。しかし、その成果は全体では限られています。とはいっても、プレゼンティーズムは様々な症状があるので、個別に対策を立てる必要はあります。本当は健康診断の項目にプレゼンティーズムが入っていればいいのですが、法定外の項目なので、簡単には入れることができないのが現状です。

ただ、このような個別の症状への対応も、プレゼンティーズム全体を改善する効果は必ずしも大きくありません。その背景に、職場のストレスや支援体制など、心理的な要素が大きく影響するためです。おそらく、ストレスチェックの結果とプレゼンティーズムの結果は、ある程度相関すると思います。結局、働きやすい職場環境、お互いに支援しあえる職場環境、前向きな気持ちで働ける職場環境を作らないとプレゼンティーズムを減らすことはできないのではないでしょうか。

そして、そのような状況を作ることは、健康文化を作ることと同じことではないでしょうか。

健康の専門家でも「健康」が一番大事だとは思っていない

幸福今回は健康についてお伝えしてきましたが、私たち健康の専門家でも「健康」が何よりも重要と思っているわけでありません。「健康」は何かをするための手段で、目的ではないですはずです。結局、一番大事なのはやはり「幸福」ということでしょうか。何をもって「幸福」とするかは、人によって大きな違いがありますが。

「幸福」が目的で「健康」は手段というのは正しい考え方だと思っています。

健康経営の取組みの成果が、すぐに健康度の改善という形ででなくてもいいと思います。健康経営で成功している企業でも、健康診断の有所見率には効果が出ていないそうです。ただ、喫煙率は、80%台から一桁に激減したそうですし、間違いなく自分の健康を理解して行動をする能力は高まっているようです。治療が必要な人は治療に行っていて、健康になりたいからみんなで運動して、食事も地産地消の野菜を昼食として皆で食べて、野菜ってやっぱり美味しいと言い合っている企業は、健康診断の結果に表れていなくても、かなり幸福度が高いと思います。

このような状態があれば、糖尿病になっても透析まではいかないとか、コレステロール値が高くても心筋梗塞まではいかないとか、長期的な効果は、おそらくいずれ出てくるのではないかと考えています。「病気にならない」という意味の健康がゴールではないから、健康経営はできるんだと思っています。

6月12日に健康投資管理体系ガイドラインというのが経産省から発行されたのですが、その中で、アウトカムの最終的な評価項目の一つに「幸福」が含まれています。

産業医としては、健康経営を通して従業員が充実した職業生活を送れるようにしたいですし、そのことによって企業が発展するといいですね。

当メディアサイト「にじいろ」に対するアドバイス

森 晃爾健康経営をどうすると伝わるのかということを考えることが大切だと思います。特に事例が大事です。

例えばアメリカの疾病予防対策センターという組織が行っているナショナルヘルシーワークサイトという取組みでは、ホームページで事例を取り上げています。その内容には、どのような企業で、どのような課題があり、どのような目標を立て、どのような内容の取組みを行ったら、どのような成果が出たかといった、全体像が書かれています。このように、健康経営は物語レベルで紹介をしていかないと伝わらないんじゃないかと思います。

健康経営で成功している企業の社長さんに話を聞いても、基本的には時間軸では語ってくれません。「今」のことしか話してくれないんですよね。「今、うちはこんな風になっている」とか、「これからこんな風にやりたい」とか。何年かの取組みで、今が当たり前の状態になっているからでしょう。

ですが、これから健康経営を始めようかと思っている企業にとって大事なのはそこじゃないと思います。「にじいろ」さんが健康経営を広めようとしているなら、そう言ったところにもスポットを当ててみるといいんじゃないでしょうか。

参考になるための質問は、
「最初、なぜ始めたんですか」
「でもそれをやろうとしたら、最初は、従業員はついてこないでしょ、すぐには」
「これ、どうやって味方が増えたんですか」
といったところを聞いていくということです。

これはある運送企業の社長さんの話ですが、健康経営を始めて最初に味方になってくれたのは、事務のバイトをしている主婦だったそうです。主婦の方が、主婦目線で自分の旦那とか子どもが、こんな風に働いていて、こんな風に食べ物を食べて健康になってほしいと思っている気持ちと、社長が始めようとしていることは同じですよねと気付いてくれて、他の従業員にも声をかけていったそうです。「社長があなたたちの健康のことをこんなに気を付けてくれているんだから、ちゃんとしなさいよ」って。
それから他の従業員たちもだんだんと健康のことを気を付けるようになっていったと話してくれました。そういう物語もあるんです。

中小企業と大企業では健康経営の浸透の流れが少し違いますが、中小企業ではこのような物語で表すとわかりやすいと思います。「にじいろ」でも掲載していくといいのではないでしょうか?

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 タイトル:2人の社員が残した気づき 健康経営が地域を巻き込む大きなうねりに
  URL :https://www.niziiro.jp/interview/detail/583/


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