• 健康づくり責任者
  • 2020.08.03

「健康」はゴールではない   人、組織、社会のしあわせのための健康経営

  • 株式会社丸井グループ 執行役員
    ウェルネス推進部 部長
    専属産業医
  • 小島 玲子
  • 健康づくり責任者
  • 2020.08.03

「健康」はゴールではない   人、組織、社会のしあわせのための健康経営

  • 株式会社丸井グループ 執行役員
    ウェルネス推進部 部長
    専属産業医
  • 小島 玲子
目次

健康施策への疑問

健康経営推進プロジェクトの様子20年近く複数の会社で産業医をしていて強く思うのは、「やらされ感では、人は動かない」ということです。
例えば、健康診断の結果が悪い人を呼び出して、「生活習慣を変えないと、このままでは糖尿病になってしまいますよ」と脅したとしても、それだけで人の行動が変わることはまれです。また、保健師などの産業保健スタッフが「健康づくり教室」などを開催したとしても、肝心の健康リスクの高い社員は来ずに、元から健康に興味のある人たちだけが来るというのもよくある話です。

健康に関する施策については、経営とのつながりが見えにくく、「健康第一」と言いながらも、健康関連の部門は実質的に福利厚生的な位置づけになっている企業が多いと思います。そのような中、健康部門のスタッフばかりが「社員が健康の重要性をわかってくれない」と躍起になって活動していることに、ずっと違和感を持ってきました。健康は誰にとっても大事なので、「やらされ感」ではなく、健康についてみずから考え行動するしくみをつくりたいと思いました。

また、長年産業医を続ける中で、「産業医の活動のゴールは社員の健康なのか」という問いとも向き合ってきました。私は企業組織の中にいる産業医として、社員が健康になることそのものではなく、あくまで企業活動の一部として、働く人と組織の活性化、そして社会の活力向上としあわせに貢献したいと考えています。企業経営に資する活動だからこそ、健康「経営」という呼称なのではないでしょうか。

経営赤字からの脱却に向けて丸井グループがしたこと

2005年に丸井グループの社長が青井浩になりました。バブルの時代が終わり、「今年の流行はこの服」と言われたモノを売っていれば大きな利益が出た時代は終わり、2度の経営赤字を経験しました。そこで青井は、社員が「みずから考え、みずから行動する」自律的な組織文化を10年かけて作ってきたのです。

例えば、当社で特徴的なのが「手挙げ」と言われるしくみです。当社では現在、社長が経営戦略を説明するような重要な会議や全社横断プロジェクトも、全社員を対象に、参加したい人は作文を提出し、選抜された人が出席できるしくみになっています。作文は、氏名、役職、部署などを伏せた状態で選抜が行なわれ、その時々のテーマを真剣に勉強し、熱意のある人が選ばれます。

経営方針を説明する会議であっても、「上司は選ばれなかったけれど、新入社員が選ばれた」というようなことも起こります(後日、社内のウェブで全社員が会議の動画を閲覧できます)。会議の参加者は全員、自分から出席したいという意志を表明して参加しているため、活気のある会議になっています。社長の青井は、みずから考え行動することを通じて、社員に仕事を通じた喜びや達成感を感じながら、豊かでしあわせな人生を送ってほしいと考えています。

小島 玲子私は2011年に丸井グループの産業医になる前から、「やらされではなく、みずから考え行動する」ことが重要と思っており、青井は経営方針として「みずから考え、みずから手を挙げる」文化を創ろうとしていました。また、社員の健康そのものではなく「しあわせ」がゴールだという点でも、私が元々めざしたい方向性と、青井の考えの方向性が重なっていました。

丸井グループの健康経営の考え方とは

社員の健康状態は、日々の仕事のパフォーマンスに必ず影響します。例えば、アスリートが日々の食事や睡眠に配慮するのは、健康そのもののためではなく、より高いパフォーマンスを発揮するためです。

それは私たちも同じで、栄養のあるものを戦略的に食べたり、意識的に良い睡眠をとれるようになると、パフォーマンスも上がります。目指しているのは、疾病予防だけでなく、働く人々が今よりも活力を高めて、いきいきとしあわせになれる健康経営です。
 

ウェルネス経営

ただ、「健康」という言葉は、どうしてもメタボ対策や禁煙といった病気予防やリスク低減、つまり「マイナスをゼロに近づける」というイメージが強くあるようです。当社の「プラスを生み出す」という価値観が伝わりづらかったので、2019年からは全社プロジェクトの名称も、「健康経営推進プロジェクトから「ウェルネス経営推進プロジェクト」に変えました。そして、2020年からは私のいる部門の名称も、「健康推進部」から「ウェルネス推進部」に変わりました。

なお、丸井グループには設立から50年以上が経つ丸井健保組合があり、以前から重症化予防などの「マイナスをゼロに近づける」取り組みをしており、毎月コラボミーティングをして情報交換を行っています。こうした基盤の取り組みがあるからこそ、「より活力高くしあわせ」という方向性の取り組みをすることができます。私たちはこの体制を、「基盤×活力のウェルネス経営」と呼んでいます。

「手挙げ式」の全社横断プロジェクトでウェルネス経営を推進

健康経営ビジョンを話し合う前述の通り、当社には「手挙げ」という価値観とそのしくみがあります。2016年に健康経営でもこの「手挙げ方式」を導入しました。産業医や保健師が一方的に健康の大切さについて訴えるのではなく、社員が主体の健康経営を推進するためです。丸井グループ全社員を対象に、「健康経営推進プロジェクトに参加したい人は手を挙げて下さい」と、全社通達で公募をかけました。

50名枠のプロジェクトでしたが、総応募数はなんと260名。初年度は倍率5倍のプロジェクトになり、新入社員から50代まで多様なメンバーが選抜されました。
このPJ(プロジェクト)は毎月1~2回、就業時間中の10~18時、延べ50時間の学習とグループ対話を行ない、PJメンバー自身が企画進行をして全管理職研修を開催したり、職場内で様々なアクションを企画して、実行します。PJは1期1年間で、毎回公募でメンバーを入れ替えます。現在4期目になっていますが、毎年倍率2~3倍となる人気プロジェクトになっています。

PJに参加した人たちの意識を参加前と参加後で調べてみると、主観的な健康観が高まることは予想通りでしたが、「働きがいを感じている」「職場の一体感を感じている」「自己効力感が高い」「職務遂行能力に自信がある」という項目が大幅にアップしており、本業への好影響がもたらされていることがわかります。

トップ層向けレジリエンスプログラムとは

レジリエンスプログラム手挙げの全社PJメンバーがいくら積極的に健康の取り組みを提案しても、職場の上司がそれに対して否定的なことを言ってしまったら台無しです。

そこで、部長職以上(昨年度かからは課長職以上)を対象に、トップ層向けの1年間のプログラム(レジリエンスプログラム)を実施しています。初めに1泊2日のキックオフ合宿、その後2か月に1度のサポート面談、半年後に中間セッション、再び2か月に1度のサポート面談を経て1年後に最終発表会が行われます。今年は受講者の希望で3か月後のクオーター研修を開催したり、コロナ禍ではウェブセッションを取り入れるなど、開催方法はその時々に応じて工夫しています。

レジリエンスプログラムは、健康を通じた人と組織の活性化という同じ志を持つ専属産業医チームでアレンジして作り上げています。

トップ層が、困難な中でも活力高くしあわせな人と組織を創れるようにすることが目的であり、病気予防が目的ではありませんので、ダイエットやコレステロール云々などの話は一切ありません。活力向上のための睡眠や休息の取り方、食事の仕方など身体に関することに加えて、周囲の活力を高めるための精神性や頭脳、関係性などをトップ層が互いに学び合う場です。1年間のプログラムの開始前と終了時に、本人・部下・家族による「活力360度評価」を実施して効果を分析しました。

すると、効果が出やすいと予想していた身体面の変化だけでなく、信念や周囲へのポジティブな働きかけといった項目も上がっていることが確認されました。また、管理職がレジリエンスプログラムに参加した部署では、ストレスチェックの組織分析において、職場の一体感や尊重の項目が向上する結果が出ています。

丸井グループのウェルネス経営は社内にとどまらない

このように、一般社員は手挙げ式の全社プロジェクト、トップ層はレジリエンスプログラムと、異なる層からのアプローチで、職場の健康の取り組み(ウェルネスアクションと呼んでいる)を行ってきました。その中で面白い結果が出ています。

ウェルネス経営

2019年、「直近6ヶ月に職場内で行われた健康の取組に参加したか」を全社員6322名を対象に調査したところ、約7割(4250人)が参加、約3割(2072人)が不参加でした。ここにストレスチェックでの結果を当てはめてみると、参加群はストレス度は低く良い状態で、ワークエンゲージメントも全国の一般労働者平均よりも高い結果になったのです。不参加軍は、全国の平均並みでした。職場の健康の取り組みは、働く人のストレス状態やワークエンゲージメントに関りがあることが数字で示されたと言えます。

最近の動きとして特徴的なのは、手挙げ式の全社プロジェクトの3期メンバーが、社外に出かけて、社会のしあわせを共に創ろうと活動するようになったことです。健康経営は他社と競い合うものではなく、色々な人たちと手を取り合った方がうまくいくものです。最近では、同じ中野区に本社があるキリンビール株式会社に社員が出かけて行き、一緒に健康経営のセミナーを開催したり、NPO法人と一緒に地域の清掃活動に取り組むなど、手挙げ式で選ばれた社員の豊かなアイディアと熱量を感じています。今年始まった4期メンバーは、コロナ禍の社会をしあわせにする取り組みについて考え、実行しようとしています。

私は2019年4月、丸井グループの執行役員になりました。産業医が企業の役員になることは珍しいことです。ウェルネス経営を「経営に資する取り組み」として推進するトップの本気度の表れと言えます。

当メディア「にじいろ」に対するアドバイス

ウェルネス経営推進プロジェクトメンバー「にじいろ」さんのお話を伺うと、働くことを通じて幸せになるための健康経営という価値観が、我々と同じだと感じてうれしく思いました。

健康経営、つまり経営に資する健康の取り組みという考え方は、まだ世の中に浸透しているとはいえません。投資家などのステークホルダーにとっては、健康が経営にどのように結びつくのか、価値創造のストーリーがわかりづらいという面もあるように思います。活動の方法もさまざまです。

私は一企業で活動する実務家ですが、世の中に向けて情報発信をするにじいろさんには、企業や社会にとって健康経営がどんな価値を生んでいるのかを、メディアとしてもっと示していってほしいですね。

 人生100年と言われるこれからの時代、健康経営はますます重要になってきます。そこに今回のコロナ禍があり、私も含め、働き方、生き方、社会のあり方は、これまでの単なる延長ではないと気づいた人も多いと思います。人生を通じていきいきと自分らしくあること、ウェルネスやウェルビーングという言葉も注目されてきています。
にじいろさんには、これからの時代に求められる健康経営とは何かを明らかにしていってほしいと思います。

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